ガソリンからディーゼルに
日本では明治後期である1906年頃から発動機を搭載した漁船が登場し、1915年頃から漁船の動力化、船型の大型化が急速に進みました。その後、燃料や運転性能の面から漁船は発動機船からディーゼル船へ移行していきます。
このディーゼル化の波に着目したクボタは、石油発動機の製造技術と、中断していたスチームエンジンの技術と経験を活用し、1927年(昭和2年)頃から舶用ディーゼルエンジンの開発に着手。その後、揚水ポンプや製材機の動力として用いられる陸用ディーゼルエンジンの分野に進出し、市場からの高い評価を獲得します。
農業機械をはじめ、建設機械、発電機などの電気機械、産業機械などに代表される「産業用エンジン」はディーゼルエンジンが広く普及しています。
とくに農業機械用エンジンは、激しい負荷変動のもとで運転されます。高負荷での連続運転、エンジン回転数が低い状態かつ高トルクで使用されることも多く、機械全体が大きな揺動振動や衝撃、炎天下、降雨、泥水のなかやホコリの多い場所での運転が求められます。
さらに屋外に放置され、特別な保護シートもかけずに使用されることも多く、作業は年間を通じて一定せず、使用期間も一定しません。
そういった点から、耐久性、防水、防塵が必要であり、傾斜運転が可能であり、始動性が良く、整備、保守が容易であること。これらの条件を満たすために、ガソリンエンジンではなくディーゼルエンジンの活用が求められるようになったのです。
横形ディーゼルエンジンとは
エンジンは、シリンダの配置によって立形や横形、または列形(直列形)、V形、水平対抗形、傾斜形などと呼ばれています。
横形ディーゼルエンジンとは「シリンダの配置が水平」であるディーゼルエンジン、立形ディーゼルエンジンは「シリンダの配置が垂直」であるディーゼルエンジンのことをいいます。
クボタの横型ディーゼルエンジンは、おもに歩行型耕うん機に搭載されるエンジンとして多く採用されてきました。
クボタ横形ディーゼルエンジンの起源と特長
1922年(大正11年)に石油発動機の製造を開始したクボタは、1930年(昭和5年)にドイツのボッシュ社から6~75馬カ・7機種のディーゼルエンジンの製造権を入手、船出町工場でドイツのボッシュ社から技術導入し、アークロ式ディーゼルエンジンの製造を開始。揚水ポンプ、製材機用として陸用ディーゼルエンジン分野へ進出しました。
アークロ式は一般にはアクロ式と呼ばれる燃焼室方式(空気室式燃焼室の一種)であり、クボタのエンジンは、ピストンヘッドに空気室が設けられていたといいます。
1950年(昭和25年)、クボタは水冷横形ディーゼルエンジンH形(HD5・HD8・HD10)の生産を開始。その3年後、1953年(昭和28年)には通産省比較性能試験で大臣賞に選ばれるなど非常に高い評価をいただきました。
戦後復興の流れに乗って耕うん機搭載用としてのエンジンは石油発動機が全盛でしたが、一方で低速域が高トルク(粘りが有る)で燃費が良く、丈夫なディーゼルエンジンには、玄人受けする根強い人気が有り、市場が拡大していました。
耕うん機は、畑作用から水田用に移行しつつあり、低速高トルクを必要とする水田用耕うん機搭載エンジンとして、石油発動機と酷似する外観の横形ディーゼルエンジンは最適な組み合わせだったといわれています。
クボタの横形ディーゼルエンジンの歴史
主な横形ディーゼルエンジンの歴史についてまとめました。
1950年(昭和25年)水冷横形ディーゼルエンジン生産開始(HD5・HD8・HD10)
1953年(昭和28年)汎用KND8型
通産大臣賞受賞(汎用小形内燃機関比較審査)
1958年(昭和33年)ラジエータ式横形ディーゼルKNDR5開発、2サイクル横形ディーゼルVA・VC開発
1976年(昭和51年)横形ディーゼルE型シリーズ開発(クボタ独自のTVCS燃焼室の誕生)
1984年(昭和59年)水冷横形ディーゼルEAシリーズ
/RKシリーズ開発
1997年(平成9年)水冷横形ディーゼルRDシリーズ開発
2001年(平成13年)水冷横形ディーゼルRTシリーズ開発
2018年(平成30年)水冷横形ディーゼルZTシリーズ開発
クボタの横形ディーゼルエンジンの特長
初めて生産されてからこれまで、クボタの横形ディーゼルエンジンは開発が重ねられ、多くの特長が付与されてきました。その一部をご紹介いたします。現在は当然のものとなった技術も含まれますが、当時の技術者たちの研鑽が今のクボタの横形ディーゼルエンジンを形作っているといえるでしょう。
1.小型軽量コンパクト、低燃費(高出力密度)
斜め割コンロッド、浅皿リエントラントキャビティー、
薄幅ピストンリング、低寸ピストンによる同体格ストロークアップ、
アルミダイカスト製クランクケース
2.高出力、高トルク(耐エンスト)、低排出ガス(排出ガス規制適合)
低排出ガスTVCS燃焼室、小型DI用スワールポート、8角形キャビティー、トルクスプリング内蔵二重ガバナレバーおよび負荷時非接触型アイドルスプリングによるハーフスロットル時の高トルク維持
3.耐久性向上
メインベアリング2のローラー化、薄幅4本ピストンリング他
4.操作性容易
TVCSによる低温始動性、0.4L未満の直噴化による楽々ハンドスタート、二重ガバナスプリングによる加速レスポンス向上、
ACレギュレータによる低速高照度ヘッドランプ、
LEDランプ化&左右ウインカー採用
自動エアー抜き燃料フィルター
5.冷却性能向上(耐オーバーヒート)
加圧式箱型ラジエータ
6.低騒音、低振動
2軸バランサ、上部切り欠き噴射ポンプ(低速リタード)
7.先進の外観デザイン
ボルトレス外観、樹脂製防水ヘッドランプ&スポイラー採用
東南アジアの農業事情
日本では、1970年代から農業機械の大型化が進み、歩行型耕うん機から大型トラクタの需要が高まりました。トラクタに搭載するエンジンとして、横形ディーゼルエンジンは多気筒化が難しく、振動の問題もあり、形状的にも適切ではありませんでした。
さらに、農業や産業の大規模化に伴って、徐々に馬力が必要になったために、横形ではなく、立形ディーゼルエンジンの開発に重きを置かれるようになりました。
しかし、その後、1990年代以降、インドネシアやタイなどの東南アジアでは、歩行型耕うん機の需要が高まっていき、クボタがそれまで培ったコンパクトで高出力の横形ディーゼルエンジンの能力が求められるようになり、横形ディーゼルエンジンを搭載した歩行型耕うん機が爆発的な大ヒットとなりました。
1997年(平成9年)には、タイで耕うん機ブームが起き、19万台、2013年(平成25年)にはインドネシアで10万台、2016年(平成28年)にはカンボジアで10万台出荷されるなど、東南アジアを中心にクボタの横形ディーゼルエンジンは非常に高い評価をいただきました。
この評価を獲得した理由は、東南アジアの農業事情を鑑みたからだったといえます。
ひとつは、東南アジアのユーザーはエンジンをフルスロットルまで回しません。壊れるのを嫌うからといわれていますが、ハーフスロットル状態でも高いパワーが出るエンジンが好まれているそうです。
さらに、インドネシアなどでは段々畑や棚田が多く、上下の移動が多いという事情があります。そこで、クボタは、ガバナ機構を新しく開発し、アイドリングでも高いトルクが発生するように改良。アイドリング状態でも段々畑や棚田を移動しやすいようなエンジンを開発しました。
また、開発にあわせて、外観のデザインを良くしました。横形ディーゼルエンジンは、耕うん機のデザインの一部となるため、魅力的でありながら、振動で壊れないようなデザインを採り入れていったことも成果があったといいます。
クボタのエンジニアは、各国の現場を回り、農業事情をリサーチし、実際に農業従事者からの声に耳を傾け、潜在的なニーズを惜しみなく横形ディーゼルエンジンの開発に反映させた結果、機能や使い勝手において高い評価を得たのだと思われます。
初期の排出ガス規制適合に貢献!クボタ独自のTVCS燃焼室が生まれた理由
クボタは、1995年(平成7年)の米国カリフォルニア州規制(CARB)に世界で初めて適合したエンジン・メーカーです。その後の全米規制(EPA)はもちろん、欧州、日本の規制に対しても、常に他社に先行した対応をとってきました。
クボタが世界で初めて排出ガス規制をクリアした背景には、TVCS(Three Vortex Combustion System)というクボタが独自に開発した燃焼室が貢献していました。
実は、このTVCSという燃焼室は、元々は横形ディーゼルエンジンの起動のために設計開発されたものなのです。
横形ディーゼルエンジンは、寒冷地での作業においてセルスタートでない場合、ハンドスタートでエンジンがかかりにくいという問題がありました。そこで、開発チームは気温0°Cの環境でもエンジンがかかるように独自の燃焼室を開発しました。それはTVCS燃焼室と名付けられました。
このTVCS燃焼室の導入によって、外気温が0度でもハンドスタートでエンジンがかかるようになりました。
さらに、このTVCS燃焼室を搭載により、排出ガス燃費性能が良くなることで、排出ガス性能も向上するという成果を生み出しました。前述の米国カリフォルニア州規制(CARB)で設定されている目標数値をクリアできることが判明しました。
つまり、横形ディーゼルエンジンの進化のために生まれたTVCS燃焼室が、立形ディーゼルエンジンをはじめとするクボタのエンジンの環境規制対応にも有効に機能することになったのです。
また、TVCSのように噴口を広げた形状は当時鋳物でつくり出すのは難しいとされていました。これも高い鋳造技術を持つクボタだからこそ精密鋳造にこだわり、成し得た成果のひとつだといえるでしょう。
TVCSを改良し、New TVCSとなり、E-TVCSが開発され、多くのクボタエンジンに導入されました。2022年現在では、最新版の電子制御によるTVCRが開発されています。
燃費と始動性の目的で燃焼室をつくり出し、その結果、排出ガス規制にも適応できるシステムが出来上がったことは、ただの偶然といえるかも知れません。しかし、横形ディーゼルエンジンの開発チームが、つねにユーザーの使い勝手に対して真摯に向き合った努力の積み重ねから生み出されたことは理にかなっているといえるのかも知れません。
同じ体格でもアップデートを目指す
クボタの横形ディーゼルエンジンの最大の特長は、軽くてパワーが出ることだといわれています。
この「コンパクトでありながら高出力」を達成するためにどのような工夫をしてきたのでしょうか。
立形ディーゼルエンジンは、パワーを出すためにピストンの移動量(ストローク)を増やすストロークアップが主流です。横形ディーゼルエンジンは、そのストロークアップに加え、ピストンの径(ボア)を増やすボアアップにも取り組みました。
ピストンの径を94ミリから100ミリと極限まで広げたクボタのRTシリーズは、ストロークアップも相まって12hpから15.5hpへとパワーアップしました。
これにより、低い回転数でも高いトルクが発生するエンジンとなりました。
実際の畑や水田では、このクラスのエンジンでは、大きくて重いエンジンよりも軽くて小さいエンジンが求められます。さらに作業においては低速で高トルクが求められます。軽くてパワーの出るエンジン、さらに壊れないエンジン、クボタの横形ディーゼルエンジンが目指したものは、現場で求められる要求に妥協しないエンジンだといえるでしょう。
開拓精神あふれる横形ディーゼル開発部隊
横形ディーゼルエンジンの開発チームは、クボタの海外進出を先駆け、新しく燃焼室を開発するなど、自由闊達な雰囲気があり、進取の気持ちが強いといわれています。
エンジンの開発設計において、他の部署よりもいち早くCADを導入しました。単気筒だからCADに対応しやすかったという側面もありますが、クボタのエンジン事業の牽引役としての役割も担ってきたといえます。
また、横形ディーゼルエンジンは農業機械だけにとどまらず、原油を採掘するポンプのエンジンとして使用されました。
その際も、イエメン、エジプトはもちろん、冬のシベリア、米国ノースダコタなどの寒冷地の油田にも技術者が実際に現地を訪れ、クボタの横形ディーゼルエンジンの活躍の場を広げました。
もともとクボタの初期の石油発動機は横形でした。その後のディーゼル化においても横形ディーゼルエンジンは独自の開発によって、小さくて軽いのにパワーが出るエンジンとして農業や産業の分野で大きく活躍の場を広げ、クボタの海外進出における先駆けとなりました。
クボタエンジン100年の歴史において、横形ディーゼルエンジンはただの一形式ではありません。常に新しい試みへ挑戦する器であり、お客さまとのコミュニケーションを行う場でした。その試みの積み重ねがクボタエンジン事業に進化をもたらしていきました。クボタの横形ディーゼルエンジンは、世界中の農業機械や産業機械に新たな価値を提案していったことを示す、一つの象徴といえるでしょう。