The Sound of Music at the Kubota Engine Factory: How Could the Kubota Engine Factory Play Boléro?

クボタエンジンの生産開始100周年を記念して制作されたKubota Engine Discoveryのコンセプトムービーは、クボタのエンジン製造工場の「音」が奏でるショートムービーです。

映像の最後に表示されるテロップにはこう書いてあります。

All music was created from only Kubota engine and factory sounds.

驚くべきことに、この映像で流れている音楽は、クボタエンジンの音と工場の音だけでつくられているといいます。

数多くの受賞歴のある音楽制作会社「Syn」が担当した音楽は、ただの映像のBGMではなく、クボタエンジンの製造工程とシンクロした映像とともに、言葉よりも雄弁なボキャブラリーを伴い、観る者に不思議な鑑賞体験をもたらしています。

この記事では、この音楽の制作過程を振り返るとともに、ミュージシャンたちがクボタエンジンをどう捉えたのか、そして音楽制作としても革新的であり、野心的なアプローチでこの作品がつくられているという事実についてご紹介します。

音でコンセプトを設計する

暗闇の中から一人の技師が歩み寄り、「クボタ」のエンブレムが刻まれた100年前のエンジンを回します。

「This Sound. The beginning of everything.」

エンジンの律動が規則的になり、動力が生み出されます。その動力が音となり、リズムを刻み、その音とシンクロしながら、現代のクボタエンジンの工場の映像へと切り替わります。エンジンの音と工場の音が重なっていき、やがてそれが音楽となって旋律を奏で、画面全体にハーモニーが溢れ出します。

このコンセプトムービーは、言葉やメッセージを使わず、「音」そのものをコンセプトとして設計しました。

世界中の人々に、クボタエンジンの100年の歴史、もしくは、歩みを伝えようとしたとき、さまざまな言語に翻訳された言葉を語るよりも、実際の工場の音を体験してもらい、一人ひとりの想像力から、クボタエンジンの「過去」と「現在」を感じてもらえるのではないかと考えました。

(かつて喜劇王チャールズ・チャップリンは、サイレント映画で数々の名作映画を製作し、発声映画の時代となっても、セリフを使わず、映像表現とパントマイムだけで笑いと涙と感動を世界中の人々に提供してきました。セリフを使わない理由について、チャップリンは「英語だけでは世界中の人に通じないから」と答えていたそうです。)

「音」そのものをコンセプトとして設計するうえで、実現したことがあります。

それは、この映像で流れている音は、クボタエンジンの音と、クボタの工場で録音された「現場音」だけで構築されているということです。

「This Sound. The beginning of everything.」

文字通り、この音からすべてが始まり、クボタエンジンが組み立てられ、世界中のお客さまのもとへ出荷されていく映像とともに、実際の工場で鳴っている音が音楽として完成していき、フィナーレを迎えます。

また、この映像は、オーケストラの演奏のようにも見えます。

冒頭に登場する技師は「指揮者」です。工場の現場音が「楽器」となり、エンジン製造技術者によって「演奏」されます。クボタの工場は「コンサートホール」、演目はモーリス・ラヴェル作曲によるバレエ音楽「ボレロ」です。

100年前のクボタエンジンのソロ演奏が、やがてオーケストラのようにたくさんの人々によって奏でられるサウンドになって音楽として完成する様子は、世界に類を見ないクボタエンジンの生産工程を表現しているといえるでしょう。

「緻密な設計」と「ものづくりへの情熱」

クボタエンジンと工場が奏でる音楽は、モーリス・ラヴェル作曲によるバレエ音楽「ボレロ」です。

なぜ、「ボレロ」を選んだのか?そこにはいくつかの理由がありました。

ラヴェルは1875年生まれです。クボタの創業者である久保田権四郎は1870年生まれですから、この2人は同世代を生きた人物といえます。そして「ボレロ」の初演は1928年です。1922年に誕生したクボタエンジンと同じ時期に誕生した音楽といえます。

こういった背景をもとに、さらに「ボレロ」を選んだ理由を考えてみます。

モーリス・ラヴェルはフランス人ですが、父親はスイス人の発明家、母親はスペイン・バスク地方出身のスペイン人です。そのためか、ラヴェルはスイスの時計職人の技巧のように緻密に計算されたオーケストレーションと、スペイン人のような情熱的で色彩豊かなサウンドという相反した特徴を併せ持つ作曲家と評され、独特で魔法のようなアンサンブルをつくりだす「管弦楽の魔術師」といわれています。

一方、クボタエンジンは、極限まで追求された高度な鋳造技術と緻密な設計技術で「コンパクトで高密度・高出力」を実現するエンジンであり、独特な組立手法によって、さまざまなアプリケーションに搭載できるように変幻自在ともいえる多彩なバリエーションで生産されているエンジンです。

さらに、クボタエンジンは高性能を維持しながら、世界各地域の厳しい排気ガス規制にもいち早く対応してきました。これらを実現しているのは「ものづくりの情熱」だと考えています。このように相反する目標を同時に実現し、あらゆるアプリケーションと共鳴できるのは、クボタエンジンの大きな特長といえるでしょう。

「緻密な設計」と「ものづくりへの情熱」、クボタエンジンとモーリス・ラヴェルの作品には奇跡ともいえるような共通点を見い出すことができました。

独特なリズムの反復、曲頭から最後にかけての一直線なクレシェンド、主旋律は2つだけというシンプルな構成でありながら、あらゆる楽器が多彩に変化しつつ壮大なクライマックスに向けて突き進む「ボレロ」という楽曲は、まさに、クボタエンジンの100年を物語るのにふさわしいサウンドであると考えたのです。

工場の音が音楽として成立するのか?

では、実際に「ボレロ」をつかって、どのようなサウンドをつくっていくか。そのサウンドデザインについて、制作チームはいくつかのアプローチから試行錯誤をしていきました。

今回の音楽製作を担当したのは、数多くの受賞歴のある音楽制作会社「Syn」の4人のクリエイターです。音楽プロデューサーの芳賀一之さん、作曲家の萩原祐二さん、マチュー・クラニッシュ(Mathieu Kranich )さん、エンジニアの赤工隆さんが、このプロジェクトに参加することになりました。

まず、4つのアイデアをベースに音づくりを考えていきました。

  • 「ボレロ」を使うこと
  • 古いエンジンが駆動する音から始まるということ
  • 工場の音を録音して音楽をつくること
  • エンジン自体を楽器として使うこと

古いエンジンが駆動する音を録音し、そこから音楽として展開するいくつかのアプローチを試してみることになりました。

工場の現場音を使って、果たして音楽として成立するのだろうか。その疑問を証明するために、実際に工場での収録を行う前に、40バージョン以上の音楽を作成したといいます。

その過程で制作されたいくつかのデモ音源を紹介します。

ボレロ ロックギターバージョン

工場の現場音にオーケストラの音を加え、さらにロックギターで雄大に盛り上げるもの。感情に訴えるエモーショナルな作品です。

ボレロ サンババージョン

エンジンのリズムをサンバのパーカッションに見立ててサンバ風にアレンジ。
4分の3拍子の「ボレロ」を4分の4拍子のサンバにアレンジするという世界に類を見ないようなレアなバージョン。実際にブラジル人のミュージシャンが演奏しています。

ボレロ 現場音バージョン

工場の現場音だけで構成するボレロ。最終バージョンに最も近く、実際の工場の音をシミュレートしながら作成されたデモバージョン。

関係者の間で検討と協議を重ね、最もシンプルな 「ボレロ 現場音バージョン」 をベースとして制作することに決定し、クボタのエンジン製造工場での現場音の収録を行いました。

工場にはおもしろい音が溢れている

音楽プロデューサーの芳賀さんは、クボタエンジンの工場を訪れた瞬間に、いい作品が出来上がると確信したといいます。

「現場音だけを使って音楽をつくるという試みは、今回初めての経験でしたが、根拠のない自信はありました。実際に工場を訪れて、その自信が確信になりました。なぜなら、工場にはおもしろい音が溢れていたからです。」(芳賀さん)

収録は5日間かけて行われました。実際に稼働している工場をまわり、音楽家の耳で感じた「おもしろい音」をどんどん収録していきました。芳賀さんの頭の中にはあらかじめ想定している音楽のイメージがあり、そこに必要な音をパズルのように組み合わせながら、欲しい音を探していったそうです。

「リズムになりそうな音はたくさん収録できるだろうと思いましたが、ボレロのメロディを奏でるにはロングトーンの音が必要だったので、工場内ではメロディになりそうな音を注意深く探しました。耳をすまして、欲しい音を探しながら、あらゆる場所で録音していきました。」(芳賀さん)
「おもしろい音」が溢れる現場で、夢中になって収録した後は、膨大な音声データから音を拾い、音楽をつくっていく作業が待っています。これは果てしなく地道な作業となりました。

楽器を使わずに、収録した音を使って音楽をつくることをサンプリングといいます。サンプリング自体はヒップホップやダンスミュージックなどでは一般的に多く使われる手法で、過去の曲や音源の一部を流用し、再構築して新たな楽曲を製作したり、楽器音や自然の音を録音したりし、楽曲に組み入れる形がとられています。

しかし、今回は「楽曲に組み入れる」といったものではなく、収録した音だけで音楽をつくるという手法をとります。膨大な音の素材をすべて聴き、それらの音だけを使って音楽をつくるという、無謀とも思える挑戦に取り組んでいるのです。

収録された音を選別し、音楽として構築していったのは、作曲家の萩原さんです。萩原さんは今回の音楽制作をユニークな表現で振り返ります。

「音楽をつくる作業というよりも、まるで楽器を一つつくったような作業でしたね。(笑)」(萩原さん)

実際に収録された現場音を楽器の音のように見立て、その音の音程を探り、パソコンの中で、パッチワークのように紡いでいく作業は、まるで「楽器をつくっているようだった」といいます。

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収録した音を切り出して、音階として割り当てた画面。まさに楽器をつくっているような作業です。

「現場の音は、当然ながら、ちゃんとしたピッチ(音程)で鳴ってないんです。まず、これを探ることから始めました。録音した音を聴きながら、自分たちの耳だけを頼りに、その音の音程を確認して、この音はド、この音はミかなという感じで音を選んでいく作業から始まったのです。」 (芳賀さん)

絶対音階のある人が、自然界の音を聴きながらその音程を言い当てるように、私たちが普段耳にするすべての音には音程があります。

たとえば、シリンダーヘッドを加工する研磨の音は「ファ」、オイルパンのナットを締め付ける音は「ラ」、塗装の音は「ミ」、というように、その実際の音程をひとつひとつ選択し、ピアノの鍵盤のように音階として割り当てていくのです。さらに、長い音、短い音、強い音、弱い音など、同じ「ミ」であってもあらゆる場所から「ミ」を探して割り当てていきます。

まさに、これは楽器をつくっているのと同じです。

「まず、メロディに使える音、リズムに使える音を切り出して分類して、そこから細かく3人で分担して、膨大な素材を再生しながら音を収集する作業を行いました。3人がかりで2週間かかったと思います。」 (芳賀さん)

この作業を振り返り、芳賀さんは笑顔でこう言い切りました。

「でも、すごく楽しい作業でした!」 (芳賀さん)

実際に収録された音の一部

これは究極のアコースティックサウンド

収集した音を選別して「楽器」として完成させた後に、スコアをつくり、2か月間をかけて、音楽として完成させました。この作業は萩原さんが中心となってアンサンブルを構成していきました。

「音楽として構成する作業にも時間をかけました。というのも、音楽として説得力を出すために1音に聞こえている音も、複数の音を重ねる等、さまざまな工夫をしているのです。」(芳賀さん)

「出来上がった音はシンプルに聞こえますが、複雑に音を重ねているため、トラック数は100を超えていましたね。」(萩原さん)

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約2分間の音楽に100以上のトラックを重ねるという複雑な音楽制作。

収集した音を加工する作業は、クボタエンジン製造の工程でいえば「機械加工」のようなものだといえます。素材の形を整えること、磨くこと、そして、強度という説得力を高める作業です。

「とはいえ、音の加工は、なるべくその自然な息づかいを活かすようにしています。収録した音に対して音階を調整する等の加工をほとんどしていません。弦をこすることでバイオリンの音が聴こえるように、息を吹き込むことでトランペットの音が響くように、そういった現実の世界で鳴っている音を使っているため、これらは生の音を使った音楽です。つまり、これはアコースティックな音楽だといえるのです。」(芳賀さん)

エンジンのパーツを組み合わせて、多彩なバリエーションのエンジンを組み立てるように、音楽チームは、音の「鳴り」を尊重し、それらの音の美しい響きを組み合わせて、世界に類を見ないアコースティックなオーケストラサウンドを作り上げました。

「今回、まったく楽器を演奏していないですけど、すごく音楽をつくっている感じがしました。とてもクリエイティブな作業でした。」 (芳賀さん)

繰り返しますが、このようなアプローチは、音楽制作として一般的なものではありません。既存の楽器を使わず、クボタの技術者がエンジンをつくる時に出る音を素材として収録し、リズムをつくり、伴奏をつくり、メロディをつくり、ハーモニーをつくる。もはや、彼らはミュージシャンではなく、「クボタエンジンという楽器」をつくるクラフトマンになっていたのかも知れません。

「工場の機械が歌っている様子を聴いてほしい。」(萩原さん)

「工場のいろんな音が鳴って音楽ができています。だから聴くたびにいろんな音が発見できるはずです。何度も繰り返し聴いてほしいです。」 (芳賀さん)

クボタエンジンのサウンドが響くところに、動力がある。
動力があるところに、社会の発展がある。
クボタエンジンが築いた100年の叡智の積み重ねが、現在の工場にある。
そして、その工場の音が、音楽になる。

「This Sound. The beginning of everything.」

いま、そこに音楽が流れる。

音楽制作を担当した4人のメンバー

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赤工隆 (Takashi Akaku)

Recording and Mixing Engineer
専門学校卒業後単身LONDONに渡りアビーロードスタジオなどでエンジニアリング
を学ぶ。後帰国、(株)音響ハウスに入社。2001年3月、英国人音楽プロデュー
サー NICK WOOD氏のSYN STUDIOにチーフエンジニアとして抜擢される。東京と
ロンドン、PRO-TOOLSを駆使するデジタル感覚と老舗スタジオで築いたアナログ
感覚をミクスチャーさせたクロス・カルチャーな表現力を持つ。

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萩原祐二 (Yuji Hagiwara)

Composer
21歳から、フリーランスの作曲、編曲家として活動開始。
大塚愛、小室哲哉、近藤真彦などの編曲。
K-popアーティスト、アイドル、堀江由衣、水樹奈々、愛美など多数の
声優への楽曲提供。
複数のテレビアニメのテーマソングを担当し、多数の楽曲を制作。
現在、Syn Musicのインハウスコンポーザーとして、広告音楽を制作。

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芳賀一之 (Kazuyuki Haga)

Music Producer
英国リーズ音楽大学にてジャズドラム・作曲を学ぶ。帰国後、舞台音楽
を中心に活動。
2017年~ Syn Musicに入社。
エンターテインメントコーディネーターを経て、現在は音楽プロデュー
サー兼作家として在籍。

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マチュー・クラニッシュ(Mathieu Kranich)

Production Manager
日本在住のフランス人作曲家、編曲家。フランスとイタリアの大学で音楽学を学び、
フランスで数年間フリーランスミュージシャンとして活動。2019年12月に日本に渡
り、音楽会社Synで音楽制作のキャリアをスタートし、プロダクションマネージャー
として務める。